◆第一話 人工天空


ねえ、おっきくなったらなにになりたいの?



おれはACのパイロットになりたい



なんで?



つよくなりたいから



だめだよ、えーしーのぱいろっとになったらたたかわなくちゃいけないんだよ?



たたかうためにACのパイロットになるんだよ



そんなのだめだよ、たたかったら「 」くん、しんじゃうもん



……じゃあおまえはなにになりたいんだよ?



わたし?わたしはなりたいものなんてないよ



なんだよ、それ



でもね、わたしゆめがあるんだ



ゆめ?




















わたしはソラをみてみたいな











ぼくらはまうえをみあげた










みあげたさきにそらはなかった






























ARMORED CORE3  マテリアルスカイ



























 【side ?】


 『     ろ…… きろ……………起きろ!新人!』

 スピーカーから聞こえてくる中年の怒鳴り声で目が覚める。

 懐かしい夢を見た。
まだ、夢は叶うと思っていた時代。苦労も、苦難も、何も知らなかった時代。
そこにかつて少年と少女はいた。

 「(………。)」

 意識がはっきりとしてくる。
スピーカーの雑音以外にも聞こえてくる、エンジン音と振動音。
 
 自分は今、空にいる。
夜の空を、輸送機の中でその時を待ち続ける。

 「(………、レイヴン。)」

 パイロットスーツと共に支給されたグローブに装飾された、グローバルコーテックスと書かれている文字の上に鳥を模したエンブレム。
この男が人型機動兵器、アーマードコアのパイロットであると同時に、レイヴンであることを証明するもの。
かつて男は憧れていた、アーマードコアと言うロボットに。
そして男は現実を知った、アーマードコアと言うロボットが何をしているのか。
レイヴンと言う職業の本来の意味を。

 『おい、聞いてんのか!試験10分前に差し掛かってるときくらい起き』

 先ほどから喧しい音声回線を切断し、再び目を閉じる。

 レイヴン、渡り鴉。
鴉には人によって見聞が違う。
躯を喰らう者。
高所より世界を見る者。
絶滅すると国が滅ぶと呼ばれる者。
それら全ての見聞が、このレイヴンと言う職業にあてはまる。

 ここ、地下都市『レイヤード』ではレイヴンと言う職業は傭兵の総称である。
アーマードコア、通称ACを駆り戦場を渡り歩く戦士達。

 かつて男が憧れていたもの、そして今男が成ろうとしているもの。

 「(レイヴン。)」

 男は再び目を閉じ、ACの中で待ち続ける。
新たなる戦場を。新たなる生涯を。










 【side ?】


 「……スピーカー切りやがった。試験管、あれはダメです。やる気が感じられません。」

 禿頭の男は隣でモニターを眺めている髭面の男にお手上げと言ったジェスチャーをする。
先ほどマイクに向かって怒鳴り散らしていた男がこの禿頭の男。
そして、そんなヒステリックな怒鳴り声に無反応で只管モニターを見続けている男が、本作戦……レイヴン試験の監督を務める男。

 「口を慎め、No.2はともかくNo.1はグローバルコーテックス直々のご指名だ。お前が異を唱えたところで何がどうなると言ったものでもあるまい。」

 「わかっちゃいるんですけどね。……裏口入学かっつーの。ったく……。」

髭面の男が見ているモニターは四種類。
一つは候補生No.1……先ほどの男が乗っているACにつけてあるカメラが輸送機のハッチを映している。
二つは候補生No.2……先ほどの男とは違う候補生が乗っているACにつけてあるカメラが、No.1のACを映している。
三つは輸送機内……二機のACが静かに待機しているところを映し出している。
そして四つ……とある市街地のビル郡を映し出しており、たった今いくつかの機影を映し出した。

 「市街地にテロリストの出現を確認!逆関節型の戦闘兵器!」

 若いオペレーターの声が室内に響く。
禿頭の男が急ぎ席につき、ヘッドセットを装着しモニターを確認する。
市街地の物陰から現れる数機の兵器。
 逆関節型兵器、モア。
ロケットとミサイルを装備している通常兵器で、砲台に脚がついただけに近い安価な兵器である。
テロリストでも、それなりの資産があれば用意できる兵器だろう。

 「数は?」

 「7機です!」

 少し多いな、と禿頭の男はオペレーターと髭面の男のやり取りを聞いて一人ごちる。
確かにモアは初心者のレイヴンでも簡単に撃墜できるほどの戦力である。
だが、今回はまだ初心者にすらなっていないレイヴン未満の連中が相手だ。
それを7機、2人いるとは言え、倒せるか?
禿頭の男が悩んでいると、髭面の男がマイクを口に引き寄せた。
 始まる、これから。

 「(しかし某地域だけ給料を下げまくって不平不満を爆発させてテロリストを生み出すなんて、中々コーテックスもエグいことをしなさる。)」

 テロリストの今回の武装蜂起。
それはコーテックスの手により仕組まれたものであり、それをコーテックスはミッションとしてレイヴンの選定に利用する。
本気同士の命の刈り取り合い。そこに一切の情などない。
管理者の目を潜り、ちょっかいを出してでも今回のミッションを発生させる必要があった。
たった一人の男の為に。

 「(コーテックス自らラブコール……果たして真相やいかに、と。)」
 
 普段は傭兵斡旋と、それの運営の為に資金のやり取りをする為の副業、アリーナを開催することだけをする完全中立企業。
それが、たった一人の男の為に間接的とはいえ犯罪に近い行為を管理者か何かに頼み込んでレイヴン選定の時期を早める。
それは普通では考えられない行為だった。

 たった一人の男をレイヴンとして迎え入れる為に用意された、茶番のような犬死をするテロリスト達。
彼らは何の為に生まれてきたのか、何の為に死ぬのか。
それに応えるものは誰もいない。
ただ、彼らはこれから始まる一人の男の物語りの為の足がかりにすぎない。



 「聞こえるかね、レイヴン候補生二名。」

















 【side No.1】


 切っていたスピーカーとは別のスピーカーから、先ほどの怒鳴り声より低めの声が聞こえてくる。

 『今回のミッション内容を説明する。目標は市街地を制圧している部隊の撃破。』

 第二都市区、トレネシティを絢爛している通常兵器の撃破。
これがレイヴンの最終認定試験。
 第二都市区は、地下都市レイヤードで最も多くの人間が生活をしている場所だ。
正確には、生活ができる場所、と言ったほうが正しいかもしれない。
レイヤードは何層ものセクションに分かれており、広大な都市内部をエレベーターや航空機等で移動する。
最も、一般人からしたら使用されるセクションは当然限られるわけなので、生まれて生涯そこのセクション以外の場所へ移動しない人間もいるわけだが。

 この第二都市区は、元々第一都市区から第二都市区へと生活圏を移動させた場所である。
第一都市区がとある理由により閉鎖され、現在は兵器企業の研究所や、放置されっぱなしのゴミ捨て場になっていたりする。
 今回テロリストが狙った第二都市区のトレネシティ。近くにアリーナがあり、一般人が多く生活する場所。
テロリスト達の目的は一切話されていない。ただ、試験の内容はそのテロリストを全滅させること。
レイヴンと言うものは本来そういうものだ。背景を気にせず、ただ目の前の依頼だけをこなす。
故にそこには感情もなく、ただ渡り鴉は次の仕事先へと飛び立てるのだ。

 『ミッション開始地点到着まで残り一分。ハッチオープン開始。』

 目の前のハッチが開き、外から風が吹き流れてくる。
夜空。満点の星。だがそれは全て本物ではない。
下にある都市に住んでいる人々。本物の生き物。
一体本物とはなんなのか。偽者、本物。作られたものはどっちなのか。

 『あ、あの……No、1?少し大丈夫ですか?』

 先ほどの渋声とも、スピーカー自体切ってある怒鳴り声とも違う、若々しい声が聞こえてくる。
男の後ろに待機しているACの搭乗者、もう一人の候補生。

 「どうした?」
 『は、はい。えっとあの、自分は』
 「落ち着け。」
 『は……はっ!』
 「……。」

 どうも落ち着きがない若い男。
男と同じく候補生に選ばれたと言うことは今期他候補生の中では一番才能があったみたいだが、どうにも男に比べると緊張がにじみ出ている。

 「用件を手早く頼む。残り30秒。」
 『えっ!あっと……』

 「……適度な緊張は残しておけ。」
 『え?』
 「ここは戦場。殺す、殺されると言う感情が自分を最も動かしてくれる。生身だろうがACだろうがそれは変わらん。」
 
 男はまるで自分が今まで見てきたかのように淡々と語る。
あまりにも男の落ち着いた雰囲気に、緊張していた若い男の声も段々と落ち着きを取り戻してくる。

 『あ、貴方は……一体』
 「……レイヴンネームは考えているのか?」
 『え!あ、ぼ、私はえっとで、すね……。』
 


 『この依頼を達成したとき、君たちはレイヴンに登録される。……このチャンスに二度目はない。必ず成功させることだ。』
 
 若い男が何かを言おうとしたとき、渋声が2人の会話を遮った。
視界には歩きまわり、輸送機を見上げている逆関節型の兵器が一番機からは見えた。

 「(……モアか。たったこれだけでACの襲来を食い止める?慢心も甚だしい……。テロリストとてそれほど阿呆ではない。)」

 男は一息つくと、緩めていたヘルメットの止め具を填める。
グローブ再装着、エンジン始動、コンディション良好。

 「レイヴンネーム、この戦いが終わったら教えてもらう。……生きてまた会おう。」
 『……!っはい!』

 『これより作戦領域へ投下、ミッションを開始する!』

 「No.1、了解。出撃。」
 『りょ、了解!No.2、出撃っ!』







 ────────────








 ≪メインシステム、戦闘モード 起動します≫

 2機が地面に着地する。前方に着地したNo.1が最初に行った行動は、高出力ブースト機能、オーバードブースターによる敵兵器への高速接近。
背中のハッチが開き、通常ブースターとは段違いの出力でNo.1は突撃をした。

 『え!?』

 No.2から、自然に口から出てしまったのであろう、驚愕とも言える声が響く。
高速で接近したNo.1はビル郡を巧みに避けつつ、敵兵器の目の前まで一気に距離を詰め、一瞬ブースターを吹かして機体を空中にあげる。

 「ふっ……!」 

 右下から左上への逆袈裟上のブレードによる斬撃。

 『なっ!……グァッー!!』

 ほぼ反応できなかった敵機のパイロットは断末魔と共に機体の爆破に巻き込まれ死んだ。
自分が何をされたか把握できないまま。

 「最寄の敵機を撃破した。残り6機。こちらのレーダー上には東に3機を確認できる。俺はそちらへ向かう。」

 ENはギリギリだがレッドゾーンに達していない。
AC特有のジェネレーターにより、ACは通常兵器とは段違いのEN供給率を誇る。
それが故に、ブースターを極限まで有効利用できる戦術兵器である。
だが、初心者はそれが故に自身のACのENを把握しきれずに、無茶な動きをしてEN強制チャージを起してしまうことが多い。
しかし、このNo.1は無茶な動きをギリギリの許容範囲内で行った。
それは、初心者の動きではなかった。

 「やはり前の機体通りにはいかないか。」

 コクピットの中で呟きながら、レーダー上に表示されている敵マーカーを見る。
正面に1機、更にその後方に2機。物陰に隠れて視認することはできないが、レーダーはしっかり捉えている。
No.1は、1機目は手前のビルの真後ろ、もう2機はいくつか建物を挟んだ先の開けた場所に展開している、と推測した。

 「(まずはビルとビルのやつからか。空中からでは射角には入るまい……こちらも物陰を利用させてもらう。)」

 自機を正面のビルまで近づけ、そのまま建物沿いに迂回する。
レーダーは自分のほぼ右に敵影を映している。

 「(隙だらけだな。)」

 相手がこちらに背を向けた瞬間、ビル陰から飛び出してライフルを構えた。

 『なっ!がっ!───────グはっ!』

 放たれた弾は全て敵機の背部に命中し、敵はそのまま前のめりに昏倒する。
最後にコクピットに向けてもう1発射撃し、敵機はスパーク音だけ響かせ、爆発もしないまま完全に沈黙した。 

 「2機目撃破。継戦。」



【side No.2】


 「す、凄い……。」

 ただ単純に、No.2はそう思った。
自分は地面に着地し、まずNo.1の意見を伺って何処から進撃していくか、それを問おうと思っていた。
だが、実際はどうだ。こちらがNo.1へ喋りかけようとしたときには既にNo.1は離れた敵機の位置を瞬時に把握し、猛攻に移っていた。

 『No.2?俺だけが働いてはお前の試験にならん。』

 No.1からの呼びかけに慌ててレーダーを確認し、No.1とは別方面にいる機影を確認する。
数は3機。ビルの手前に1機、後ろに2機が固まって行動している。

 『3機目撃破。』

 遠くのほうで爆音が聞こえてくると同時に、No.1からの通信が入る。
瞬く間に3機も撃破してしまった。これが、本物のAC乗りなのだろうか。
かつて自分が憧れた、ロボットというもの。
ACやレイヴンと実態の真相をするごとに、自分の理想はどんどん崩れていった。
 汚れ仕事。一言で説明するなら、レイヴンとはそういうものだった。
自分はただ単純にロボットに乗って戦い、弱いものの手を取る、そんな職業を理想していた。
自分のやる気とは反比例して、候補生の間では成績が上がっていく。
そして今回、自分は試験に選抜されてしまった。

 そのまま断れずに、迷いのままにACに乗った。
初めてのAC。そこに感じるはずだった高揚感は、あまりなかった。
故に、輸送機の内部でNo.1に尋ねようとした。

 何故レイヴンになったのか、と。
結局No.1に尋ねることはできなかった。だが、No.1は戦場のあり方を教えてくれた。
その語らいからは、座学で教鞭をたれる教官の言葉よりも頭に残った。
それは恐らく、No.1が戦場における素人ではないのだろう、と言う想像。
緊張も、焦りも、後悔も何もない、確固たる信念のような何か。
それをあの男は持っているのだ。

 「(汚れ仕事……それでも、理想さえ捨てなければ、僕は……。)」

 かつて憧れた、弱気ものを助ける本物の戦士へ。
きっと慣れる、それは儚い夢なのかもしれない。だが、夢は諦めからはきっとたどり着けない場所に置かれている。

 「これに生き残れば……!」







 ────────────







 「こちらは西方面に攻撃を仕掛けます!」
 『了解だ。こちらは4機目を撃破した。合流に向かう。』

 短いやり取り、それだけで十分だった。
自分には少なくとも、この時点で彼がいる。その目先にはきっと違う目標があるのだろう。
だが、この戦場において、自分は背を預けることが出来る人間がいるのだ。
それは、初心者の自分にはあまりにも頼りになる背中だった。
 
 ブースターでNo.1とは別の東側へ移動する。
敵機確認、ビル側から左を見ている。恐らく西で暴れているNo.1を警戒しているのだろう。

 「(武装をライフルへセット……。距離をとりつつ、射撃を開始!)」

 ブースターを停止させ、ライフルによる射撃と同時に距離を詰める。
敵機はこちらを向いたが、攻撃態勢に移ることができずに数発のライフルを撃ち込まれ、転倒と同時に爆破した。

 「No.2、1機撃破!続いてビル後ろの敵機を狙います!」

  No.1の行動はあまりにも早い。自分が1機撃破する前に4機も撃破している。
コーテックスから支給されたベーシックACだと言うのに、それを使用して全く損傷せずにこれだけの戦果をあげてみせる。
やはり彼は、ただのレイヴンではない。

 「だけど、このまま1人だけの活躍で終わったら僕の選定にはならない……。」

 気づけば輸送機に乗っていたときの憂鬱な気持ちはどこへいってしまったのか。
今の気持ちは、ただレイヴンになろうと言う思いと、No.1についていこうと言う思いの二つ。
戦いの中で判った、座学だけでは学べないこと。これがACというもの、レイヴンというもの、戦場というもの。

 「(ビルを飛び越えて、真上から射撃!)」

 ブースターを使い、前方のビルに着地。
真下にいる機影を2機確認、今回は先ほど破壊された機体が近くにあったせいか、警戒されていた為2機ともこちらへ銃身を向けていた。
こちらもライフルによる射撃を行うが、歩き回る真下の敵機を捕らえることが出来ない。
機体の操作に不慣れなのは自覚しているが、いざと言うときにうまく動いてくれない。こちらも初心者。思い通りに動かないのは判っていたのだが。

 「うわっ!」

 敵機から撃たれたロケット弾が自機に直撃する。
命中箇所は頭。よりにもよって反動制御が最も強く行われる場所に喰らい、機体が大きくぐらついてしまう。
とっさにブースターを使い後ろに下がろうとするも、もう1機から撃たれたロケットを脚に受けてしまい、機体のバランスを保てなくなってしまった。

 「くっ、くそ!」

 そのままずり落ちるようにビルの敵機側へと落下してしまう。
ロケット2発程度じゃ勿論やられはしない。だが、立て続けに攻撃を喰らい、それと同時に始めて恐怖感と焦りを感じてしまった。

 「くっ!」

 ブレードを振るうが、ギリギリで当らない。距離を掴みきれなかったのだ。
そのまま後ろに下がられながら、再び放たれたロケットを喰らってしまう。
今度はコアだ。機体が大きく揺らされ、No.2自身も頭をシートに強く打ち付けてしまう。

 機体をビルに大きく打ち付けられ、割れたガラスの破片が機体を掠める。
目の前の敵機がロケット弾を再装填しながらこちらににじみ寄って来る。
この程度の腕前なら撃破できる、と踏んだのだろうか?舐められている。当然だ、自分は新人だ。
 だけど、自分が目指す道は、かつて自分が目の当たりにした、激しい動きでアリーナの中で戦うAC達。
そして、自分と同じ戦場にいるあの大きな背中なのだ。

 「(情けないかもしれないけど、僕はまだあの背中が見えているだけに過ぎないのかもしれない……だけど!)」

 それでも、見えたのだ。自分には。
自分の目指す道とあの背中が、しっかりと見えたのだ。

 「僕は!」

 オーバードブースト。先ほどNo.1が敵機との距離を詰める為に利用した、高出力高消費のブースト利用法。
それを、ビルから機体を思いっきり剥がす為に利用した。
ロケットが再び2発撃ち込まれる。1発は再び機体に命中。箇所は右手、ライフルのジョイントが外れ、ライフルを吹き飛ばされてしまう。
もう1発は自分の後方にあるビルに直撃し、派手にガラスが割れる音が聞こえた。
ライフルは駄目になってしまったが、こちらにはもう1つ腕に武器を持っている。それは左腕にあるブレード。

 先ほどの光景を思い出す。
敵機に距離を詰め、そこから切り抜けるように放ったあの斬撃を。

 『なん゛っ!──────────』

 敵機からの通信が漏れ、一瞬こちらにも聞こえてきたが、最後までは聞き取れなかった。
ブレードで切り裂かれ、既に爆発した後だったからだ。

 「やった!もう1機……!?」

 次の敵に目標を変えようとしたところで、奇怪な音がコクピットに響いていることに気づいてしまった。
ピッ…ピッ…ピッ…と、それはまるで、病院で聞く自身の心臓の音を映し出しているようにも聞こえた。
エネルギー切れ。オーバードブーストとブレードの同時使用による強制チャージング。
No.1はブレードを振るう瞬間、機体を上空に持ち上げ、そのまま慣性による接近と同時にブレードを振るい、ギリギリの状態でENを確保していた。
自分はオーバードブーストを地上で使用し続け、何も考えずに目の前の敵に斬撃を浴びせた。
差はそこに出てしまった。いや、そもそもあの男は何もかも理解していたのだろう。
ブレードを振るとどれほどのENが使用されるのか、オーバードブーストを何処で停止させれば、ENは残るのか。

 「……ぐっ!」

 意識をチャージングに向けていると、側面からロケットを撃たれ、思わず仰向けに倒れこんでしまう。
起き上がろうと尻餅をついた格好にするが、ブースターを使えない為にその動作はあまりにも遅い。

 本来ならきっと、自分はここで死んでしまっただろう。
だが、自分は死なないだろう。そんな考え本当はしてはいけないのかもしれない。
ここにいるのが味方とは限らないのに、もっと強力な武装をした敵だったならばきっと既にやられてしまっていたのかもしれない。

 だけど、目の前にいる敵は、彼に任せてしまいたかった。
自分にやる気がないわけでもない。確かにENチャージングを起しているものの、機体にはまだミサイルもあるし、APもある程度残っている。
だが、自分は見たいと思ってしまったのだ。自分の目の前で、彼が活躍している姿を。





 敵機がこちらに銃身を向けた瞬間、レーダーにピンク色の点が接近しているのが映った。
そのピンク色の点は、やがて、視認できる距離でミサイルなのだと理解できた。
敵機は飛来するミサイルの音か何かで気づいたのか、急いで向きを変えようと旋回行動に移るが、既に遅かった。
ミサイルは敵機の脚に直撃し、敵機もまた、先ほどの自分と同様に昏倒してしまう。

 せめてロケットをもう1発撃とうとしたのか、昏倒した先に見える自分にロケットを放とうとして。

 『う、うわァーーーーー!!』

 敵機は側面から続けざまに撃たれた数発のライフルによって遂には爆発した。





 『待たせたな。』

 その声が聞こえると同時に、1機のACが姿を現した。
ロケットを数発も喰らい、ガラスの破片塗れになっている自分とは対照的に、先ほどミッション前で見たままの姿のNo.1がそこに立っていた。

 今この瞬間、彼こそが自分が最も憧れるレイヴンとなった。
彼がどのような思想でレイヴンになったのかは判らない。
 だが、尻餅をついたままの自分に差し出されている、目の前の手を掴んだ瞬間、自分には見えてしまったのだ。
理想のレイヴンの片鱗が。

 








 【side No.1】

 『ミッション完了。敵増援なし。……No.2はギリギリとは言え、戦闘行動を行い、生き残った。試験合格だ。』

 尻餅をついていたNo.2を引き起こした後、数秒たって試験官の声が聞こえてくる。
戦いは終わったようだ。目の前のボロボロなACを見ると、この若い男はこの先やっていけるのか少し心配になるが、すぐにその感情を捨てる。
いつしかこの男も敵になるかもしれない。或いは、違う戦場で死亡するかもしれない。
レイヴンとはそういう職業だ。情けは自分の為にならない。

 『No.1は……信じられん、無傷だと?ベテランレイヴンが当ってもこの支給機体でこれほどの戦果を挙げれるかどうか……文句のつけようもない。合格だ。』

 確かに間に合わせの支給機体。クレスト社で初期に開発された最も古いACパーツで組まれたこの機体では、満足に動かすことはできなかった。
それでも、相手はただの逆関節兵器。例えどんな状況であろうとも、完全なコンディションのACに勝てるはずがない。

 『ようこそ、新たなるレイヴン達。グローバルコーテックスは諸君らを歓迎する。1分後に輸送機が到着する。それまでポイントBにて待機していてくれたまえ。』

 通信が切られる。作戦終了、それを確認すると、試験官の声を流していたスピーカーも切断した。
ポイントBに移動しようと、歩行しようとしたときNo.2のスピーカーから声が響いてきた。

 『……ありがとうございました、多分僕、あなたがいなかったら受かってはいませんでした。いえ、むしろ死んでいたかも……』
 「……過程は関係ない。最後に立っていればお前の勝ちだ。命を惜しめ。それが一番重要なこと、だ。」

 そんな偉そうなことを言うつもりはなかったのだが。
つい言ってしまった。恐らく、No.2はある人物に似ていたからだ。

 『決めました、僕のレイヴンネームはアップルボーイ。自分はまだ未成熟かもしれません。ですが、きっといつか……自分の理想の姿へなってみせます。』

 それは、かつて自分がAC乗りを目指しているとき。










 たたかうために、ACにのるんだよ









 そんな、誰かが言った台詞を思い出して。

 「俺のレイヴンネームはジャンク。……いずれ、また。」
 『はい!そのときは、また味方であることを願います。本日はありがとうございました!』

 ビルの上にあるヘリポートに機体を下ろした輸送機を確認する。
明日から、本物のACパイロットとなる。それはきっと、今までの自分が辿っていた道とは分かれた道を辿ることになるだろう。
それでも、その先に何があるかはわからないが、自分が目指すものが最終的には繋がっていると信じて。


















【side 管制室】

 「……まさか、テロリスト相手とは言えあの機体で……あんな戦果を……。」

 試験官は未だにNo.1の活躍を信じられないと言った表情をしている。
無理もない、過去に何人もレイヴン候補生の試験を担当してきたが、一度たりともこのような事態に遭遇したことがなかったのだ。

 禿頭の男は顎に手を当て、考え込む。
やはりか、と。

 「(……やはり、いくら見込みのある人物だとは言え、グローバルコーテックスがこんなお膳立てをするものか。あいつはコーテックスのボンクラどもでは探し出せなかった逸材。)」

 本試験はグローバルコーテックス主催の選定試験である。
しかし、本来だったらもう半年先に今回の試験を行うはずだった。それが、急に半年も早くなった。誰もがその所業に勘繰りたくもなる。

 「(No.2は恐らく今回の試験を正式な試験と認めさせる為のプロパカンダ的要員。この試験はNo.1をレイヴンにさせる為だけに用意された茶番劇。)」

 No.1の動きをモニターを通して見てはっきりした。あれはズブの素人が成せる動きではない。
恐らく、ACもMTも相手にしたことがある……レイヴンではないが、ACのパイロットではあったのだろう。

 「(ハスラーを引き抜く。確かにそれは今回の強行軍のリスクを差し引いてもコーテックスにとってはリターンとなる。だが今回やつに唾をつけたのはコーテックスではなく恐らく……。)」

 ハスラー。レイヴンの中でも別格───凄腕、と言う意味を持つそのスラング的な言葉がいつから使われたのかはわからない。
かつてのトップランカーをもじった言葉とも言われている。

 「(一度俺も戻るか。これ以上コーテックスにいるのは危険かもしれん。……俺の推測が正しいならば。)」

 禿頭の男はグローバルコーテックスの上着を椅子にかけると、一人悩みながら管制室から出て行ってしまった。
髭面の試験官は未だに眉間に皺を寄せて考え事をしている。
若いオペレーターはどうすることもできずにおろおろと視線を彷徨わせているだけだった。







 ────────────







 しかし管制室にいた、とある一人の若い女だけは食い入るようにNo,1が映し出している映像をずっと見つめていた。

 レイン・マイヤーズ。
No.1のパートナーとなるようにグローバルコーテックスから遣わされたオペレーター。

 2人が出会うのはもう少し先のこととなるが、確かに今、2人は同じ視点から、同じ場所を見ていた。

 『「(……ソラはまだ、見えない。)」』

 見上げた夜空に浮かぶ星は、人工の輝きを映し出していた。










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