◆第二話 ジャンクとレイン


みてみて、えーしーがはしっていくよ



ほんとうだ。やっぱかっこいいなAC



・・・・・・かっこよくなんかないよ



なんでだよ、かっこいいじゃんか



かっこよくないよ!だってあのろぼっとはひとをころしちゃうんだよ?



ばかだな、そのひとごろしからみんなをまもるためにACがあるんじゃないか



「 」くんはほんとうのことしらないんだよ



ほんとうのこと・・・って?



・・・・・・ううん、わすれて。なんでもないよ



なんだよ、いえよ



わすれてってば



いえって




















わたしたちはいつじゆうになれるんだろう

















 【side レイン】

 「……アクセスできた。まさか、本当にレイヴンとして正式に登録される以前からコーテックスにデータがあったなんて……。」
 
 レインはコーヒーを飲みながらモニターを凝視する。そこに表示されているのは、とある男のデータ。

 《レイヴンネーム ジャンク
  ACネーム    不明》

 「野良のAC乗り……コーテックスを介さずに独自の姿勢で傭兵稼業を行っていた男、ジャンク。本名不明、年齢不詳、性別男……。」

 当たり障りのないデータ、と言うよりレポートに近い。
彼の詳しいデータベース……特に出生に関しては何もかも不明である。と言っても、そんなレイヴンはコーテックスに登録してあるレイヴンでも大勢いる。
問題はこの先である。

 「グラン採掘所の所有権をキサラギ社から奪取する為、ミラージュ側がコーテックス所属のレイヴンを2名雇い産業区に派遣。この際、MTの中に混じった所属不明のACに反撃を受け2名とも大破。所属不明のACは、恐らくこの男が駆るACだったと思われる、か。」

 レイヤードには、争いを続けつつも、実質レイヤードを支えている三大兵器企業というものがある。
一つはクレスト・インダストリアル。もう一つがミラージュ。最後にキサラギ。

 クレスト・インダストリアル、通称クレストは比較的安価な値段で性能の良い安定したパーツやMTを供給する企業である。
現在このレイヤード内では二位の規模を持つ軍事企業であり、機械に管理されているレイヤードの現状を肯定している会社の中心だ。

 次にミラージュ。ミラージュは、レイヤード内で最大の権力を持つ企業である。
最早それは企業の域ではなく、このレイヤードと言う世界を動かしていると言っても過言ではない組織になりつつある。
高価、かつ高性能なパーツやMT、更にレーザー兵器にも強く、性能面ではクレスト製より上を行く兵器を多く販売している。
そして、クレストとは逆にレイヤードの現状を強く否定し、独自の行動による更なる支配権の強化を目論んでいると世間では噂されている危険な企業である。

 最後にキサラギ。
キサラギは第三位の規模を持つ会社ではあるが、そのコンスタンスは前記の二社とも違う。
兵器は専門の研究員が研究に重ねた独自の技術をふんだんに取り入れた製品が多い。
良く言えば新発想、悪く言えば奇抜。その人気は賛否両論と言ったところである。
また、現状のレイヤードには現実的な目線で見ており、ありのままの管理体制を受け入れて着々と自分の領土を広げている。

 他に多くの会社がレイヤードには存在するが、この三大企業が多くの場合争いの種となっている。
が、同時に数少ない娯楽の一環として、レイヤードでも抜群の人気を誇るACとACによるスポーツ的な戦いの場、アリーナを盛り上げている立役者でもあり、世間は肯定も否定もせず、ありのままを受け入れているという感じである。
そこに仲介としてレイヴンを貸し出しているのが中立を貫く派遣会社、グローバルコーテックスなので実質、世間からは企業とコーテックスとでこのレイヤードを切り盛りしているように見える。

 「最近コーテックスも何処か動きがおかしいし、キサラギも煙を起たせて火は見せない……。立て続けにこうも妙なことがあっては何処の組織も疑わしくもなる……。」

 昨今多く見られる異常観測。
突然所属不明のACが無差別に企業の拠点や工場に襲い掛かる、だの。
コーテックスに登録されているレイヴンが原因不明の死を遂げる、だの。
自然区で起こる自然発火や豪雨など。どこか最近のレイヤードはおかしい。

 「管理者……。」

 管理者。
最後にたどり着くワード。

 「そして、この男が管理者への、鍵。」

 ジャンク。関連項目を探していくと、二つの言葉が出る。
管理者、セクション722事件。
だが、そこから先を調べることはできない。
特にこの、【セクション722事件】。









 ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR 



ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR 



   ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR 





 正しいpasswordを入




 「******」





 ERROR ERROR .....




 「……。」

 まるでウィルスにでも入られたようにPCが狂いだす。
ERRORと言う文字でびっしり埋まったPCを、電源オフで強制終了させて畳む。
本日二度目の謎のエラー現象。彼のことについて調べている最中に何故かこういった現象が起こるのだ。
パソコンが壊れた様子はないが、とにかく不気味で少し調べるのを躊躇ってしまう。

 「……とりあえず当人にメールだけでも送っておかないと。」

 レインは畳んだPCを再び開くと、電源をつける。
立ち上がるPCは、先ほど吐いていたERRORと言う文字をすっかり消し失せ、元の状態に戻っている。

 「これ以上は流石にあそこのデータだけでは、事足りないか……。」

 このデータは先日、レイヴン試験の際に管制室から持ち出してきたメモリーデータである。
自身があのジャンクという男のオペレーターになるとき、上司からはこう言われた。

 『あの男に対してはパートナーではなく観測者となれ』と。
それがどういう意味を持つのかはわからない。だが、謎の人物に興味をもったのも事実。
だが、知ろうと思えば思うほど厚い壁にぶつかっているのが否めない。
あとは上司の言ったとおり、観測をしていくしかない。

 レイン・マイヤーズは優秀な女だった。変なところで真面目な女だった。
それが故に、自分で思い立った行動を起そうとすることが多く、独断による行動が目立つ。
だからこそ、彼女なら危険を承知で色々探ってくれるだろうと、コーテックスはジャンクに彼女をつけたのだが、聡明な彼女はなんとなくそのことには気づいていた。
それでも、あえてコーテックスに従っている。彼女は、自身も認める知りたがりなのだ。








 【side ジャンク】

 ジャンクは支給された部屋を見渡す。
デスク、デスクの上に乗ったPC端末、電源コード、四畳の部屋に金属性のベッドと申し訳程度の毛布、シャワーとトイレは同室、キッチンなし。
基本的にはコーテックスが貸し出している施設に居住することとなり、自機のACはアリーナ周辺の大型ガレージを持っている工場に収納されることとなっている。
全てはコーテックスの監視の下に下級クラスのレイヴン達はここの施設に暮らしている。否、閉じ込められている。
 しっかりした理由もいくつかはある。
コーテックスの所属となった以上、コーテックスの目が届く位置にACを置いておくこと。
レイヴン達をまとめて居住させることにより、管理を楽にさせること。
アリーナで出番があった際、直ぐに出撃できるように近くで生活させておくこと。
企業がコーテックスを介さずに新米レイヴン達に青田刈りをできないようにさせること。
理由はまだいくらかあるが、主な理由はそんなところである。
 上級レイヴンともなると、ただ戸籍をここに残しておくだけで、自分のアジトを持つものが多い。コーテックスもそれを暗黙の了解として受け取っている面がある。
それでも、それ相応にペナルティは用意されるのだが。
 
 そしてPC端末はコーテックスや企業からのメールを受け取る際や、ガレージの使用許可等を受け取る際に利用される。
完全なコーテックス用としての端末である。当然、受け取ったメールのログはコーテックス側にも保存される。
徹底した監視っぷりである。

 「(自筆の手紙と言う手段もあるにはあるが。)」

 それでも施設の管理人にはしっかりと内容まで確認もされる。
プライバシーもクソもない。
しかし、上級レイヴンが企業に入れ込み、専属の契約をしても見てみぬフリをする。
勿論、コーテックス側に害がない場合のみ、だが。

 「(……謎めいた組織だな、グローバルコーテックス。主張はあっているようで何処かズレている。……上層部の中でも組織が分かれているのか?)」

 どの組織に対しても中立を謳う企業。以前は管理者統括の下に運営を行っていたとされるが、今では独立して運営をしている。
今でも管理者の言いなりになっているのではないか、と言う噂も耐えない、どうにも一癖も二癖もある会社である。

 しかし、こういうのもなんだが、向こうからジャンクを誘ってきた割には扱いは下級レイヴンと同じで質素な部屋にお粗末な内装である。
そのことに少し不満があると言えばある。

 「(まぁ、俺も下級レイヴン扱いなのは当然、か。他の連中に勘繰られるからな……。)」

 そう、ジャンクをコーテックスに引き入れた目的。それが、ジャンクが何の苦労もなくレイヴンになれた理由。
何故、自分のことを調べ上げてまでコーテックスは傍に置こうとしたのか?そして、何故自分のことを調べ上げれたのか?
それらを知るまでは、ジャンクもコーテックスに身を置く必要があると考えた。
コーテックスにも多くの人物がいる。それらの中から、自分をピックアップした人物を、これまたその人物をピックアップし返すのはかなり困難。

 「(あえて目立ち、相手側から接触してくるのを待つしかないか。)」

 とりあえず、レイヴンと言う隠れ蓑を使いつつも、こちらを見張る何者かの動きを待つ。
大体、自分を招きいれた理由のほうは検討がついている。とにかく何者か、が重要なのだ。

 「管理者……。」

 思わずジャンクは呟いてしまう。恐らく、このワードこそコーテックスが自分に目をつけた原因。
コーテックスがジャンクに求める理由。セクション722事件。

 彼が求めるもの、彼を招いたものが求めるもの。
それは同じのようで同じでない。彼が見ている先はもっと上にある。

 「(ソラ……。)」

 この人工天空の下で、多くの人間は生まれ、死んでいった。
今ではもう当たり前のものとなっている、作られた世界。自分が生まれたときも既に人工のソラだった。
だが、それでも彼女は見たいと言ったのだ。本物のソラを。

 俺は本当にあそこまで届けるのだろうか。

 格子のようなもので遮られた窓を通して外を見る。
薄暗い紫がかったソラの下を、一羽の鴉が何かを咥えて瓦礫の山から飛んでいった。








 ──────────────────








 次の日、ジャンクは朝食のサービスをとろうと通信端末に手をかけようとしたところ、コーテックスのPC端末が光っているのを確認した。
横についているプラスチック体がオレンジ色に点滅している。新規メール着信の合図である。
端末を立ち上げる。グローバルコーテックスの表示の後、画面に表示されるリング。
ガレージ、アリーナ、ショップ、メール等。
レイヴン達はここでコーテックス側に注文をし、予め整備員やアリーナ運営委員、企業に連絡を仲介してもらう。
依頼を仲介してもらうのもコーテックスなら、そういったものを仲介してもらうのもコーテックスなのだ。
この端末のことを、メニューリングと呼称している。

 メールを選択する。表示名は二つ、管理者とレイン・マイヤーズ。

 「……管理者か。」

 DOVEと書かれたエンブレム。まずはそちらの業務メールから開く。

 0824-FK3203号。それがジャンクの登録ナンバー。
ジャンクをレイヴンとして認め、コーテックスの登録下での活動に限り、ACの使用を許可する、と言った内容のメール。
逸脱行為があった場合、実力をもってこれを排除する、とも書いてある。

 「機械が発行したものを読んでもなんの感慨もないな……。」

 管理者はこの地下世界を動かしているAI。世界が自然を作っていたのならば、管理者はレイヤードを作る。
最早、当たり前となった管理者によるレイヤードの世界。
今更何も思うことはなく、ジャンクはざっと目を通すと気になるほうのメールにとりかかった。

 「(レイン・マイヤーズ……。)」

 聞き覚えのない名前に少し躊躇するも、メールを開く。





             ▼新規パートナーへ
 
 はじめまして、レイヴン。
 私は、あなたの補佐担当者として任命されました、レイン・マイヤーズと申します。

 ご存知の通り、我がグローバルコーテックスはこの地下世界「レイヤード」で発生する様々なトラブルを、依頼によって解決し、利益を得ている団体です。

 あなた方レイヴンには、依頼の提供は勿論のこと、機体および弾薬の販売・修理、僚機の斡旋など、任務遂行に必要な事項に関して、可能な限りの協力をお約束します。
 存分にご活躍ください。

 なお、依頼の受諾・遂行に関しては依頼主とあなた方、双方の自由な意思を尊重し、その内容に関しては、一切干渉しません。

 また依頼遂行に伴い、当事者間で何らかのトラブルが発生した場合にも、我々は関知しません。
 ご了承ください。

 とりあえず、ご挨拶まで。
 ようこそ、グローバルコーテックスへ。
 あなたを歓迎します。▼




 「生真面目なメールだな。」

 感想はそれ。心を込めて書いたわけでもない、ありのままの事実を書いたメール。
最も、それが正しいレイヴンとコーテックス側の人間との形なのかもしれない。レイヴンはいつ死ぬかわからない職業で、担当補佐はいつ担当が替わるかわからない職業である。
情を持ってしまっては、お互い仕事にならないだろう。
 しかし、双方の自由な意思を尊重するとはよく言ったものだ。企業の独自戦力として引き抜かれないようにこうして施設に新人達を閉じ込めて外からの接触を避けているというのに。

 「しかし……専属か。」

 補佐官をいきなり新人レイヴンにつけるのは非常に珍しいと言ってもいい。
普通は1人の補佐官が何人かのレイヴンをオペレートするのがコーテックスでの決まりである。それは上級レイヴンになっても変わらない。
最も、オペレートを不必要とするレイヴン達もいるし、実際今アリーナでトップに輝いているレイヴンはオペレーターを一回も就けたことがないそうだ。

 「(俺個人の待遇より、ジャンクと言うレイヴンとしての待遇を最優先か。いや、或いは……監視か。)」

 そう、忘れてはいけない。ジャンクはただ職に就くためにコーテックスに尻尾を振ったわけではない。
利害の一致。それがここに籍を置いた理由なのだ。

 「(……やれやれ、初日から頭を抱えさせてくれる。)」

 とりあえず、当初の目的通り朝食を取ることにし、モーニングサービスが届くまでの間、どのような文章で返信するかを考えることにした。

 




 【side レイン】

 レインはその文章を見たとき、思わず口が引きつった。





          ▼Re:新規パートナーへ

 よろしく▼







 一行。
一行。何度下にスクロールしても本文は一行だけ。
その上タイトルは何もいじってない。ただ返信しただけである。

 「……自分でも生真面目な文章を送ったとは思うけど、これは……。」

 よろしく頼む、だけ。
よりにもよって命を託す相手にする態度だろうか。

 「(いや……この短い文章から読み取るとしたら……これは、友好な態度をとらない、と言う姿勢……?)」

 お互い感情を見出さないように、あくまでも仕事だけでの関係としての振る舞いを望む姿勢。
或いは、あまり自分を頼りにするつもりはない、と言う粗暴な姿勢か。
それとも、少しでもコーテックスに筒抜けになってしまう文章を避けるためか。
レインは暫く悩んだが、結局結論は出ず、メールのやり取りでも掴めなかった彼の素性にため息をつくしかなかった。






 ちなみにジャンクは、何も思いつかなかったので只単に無難な返事をしただけである。
得てして現実とはそんなものだったりする。








 【side ジャンク】

 メニューリングからガレージを引き出し、自分の機体を確認する。
コーテックスがクレストに注文している新米レイヴンへと分け与えられる初期設定AC。
中量級の重量で構成された、ライフル、ブレード、ミサイル、レーダーを装備したオーソドックスな機体。
さしずめ、初歩的ACと言ったところか。

 「(以前俺が乗っていた機体に比べてあまりにもタクティカルコンセプトが違いすぎる……まずはEN周りの強化から始めるか。)」

 基本的にACはパーツごとにENの消費量が変わったり、耐久度が変わったりする。
元々ジャンクが乗っていた機体は四脚で軽量タイプのパーツで構成されたAC。ジャンクが言うEN周りの強化とは、ジェネレーターによるエネルギーの供給率のパワーアップのことである。
ACはヘッド、コア、アーム、レッグを外装の重要パーツ、FCS(ファイヤーコントロールシステム)、ラジエーター、ジェネレーターを内装の最低限必要なパーツとして作られている。
他にもエクステンションのような内装を補助するもの、武装面、武装を補助するインサイドパーツ、ACにおまけ程度に性能を底上げするオプションパーツがあり、それらを吟味してACは構成されている。
EN消費量が総じて少ないほどブースターを長期間使用できるし、重量が少ないほど武装を多く積載できる。だが、強力な耐久力を持つパーツはどれもEN消費量が高かったり、重いものが多い。

 「(と言っても、パーツを自由に変えるほどの資金も支給されていない。俺の古いACは破壊されたまま……。どうにもままならんな……。)」

 結局、なんだかんだ言っても暫くはこの機体と付き合っていくしかないと言うのが結論だった。
レイヴン試験の時に一回乗ったきりでコーテックスのガレージに詰め込まれている新たなる相棒。アーマードコア。
まだ名前もエンブレムも決めていない。以前、とある理由で野良ACパイロットとして活動していた時はACをただ兵器として使っていただけで、名前もエンブレムも用意していなかった。
だが、仮にもレイヴンになったからには二つとも用意しなければ正式な登録もできない。試験から1日経ったが、未だにACの名前を決めかねていた。

 「兵器に名前なんていうのも、どうにもパっとしないがな。」

 ジャンクにとってACは兵器だった。かつてはACを憧れの対象として見ていたこともある。
少なくとも、ACに乗る前のジャンクにとってACはヒーローのような存在だったのだ。
だが、ジャンクがACに乗った頃には、ACはジャンクにとって只の兵器でしかなかった。

 「(……。やめよう。過去を振り返るのは今ではない。)」

 少なくとも、ここにレイヴンとしている以上は、レイヴンとしての見方でACを見ることにする。
郷に入れば郷に従えなんて言葉もある。

 「……アーティフィシャル。エンブレムは─────」

 

 



 【side コーテックスアリーナ周辺、AC整備工場7棟】

 「おやっさーん!新人レイヴンからお仕事っす!」
 「んだってー!?んなもん俺じゃなくても正規のわけーやつらがいるだろうがよ!」
 「でもその正規員の先輩たちから回ってきたんすよー!自分たちじゃどうしていいかわからないからおやっさんにアドバイスしてもらっ…」

 ガッシャーン!と、会話の最中にけたたましい金属音が辺りに響く。
会話をしていた2人が振り向くと、ACのパーツのようなものがクレーンから落ちてぐしゃぐしゃに潰れてしまっていた。
 
 「ばっきゃろー!!アームリフトもろくに使えねーのか、ばかったれがー!!てめーの玩具じゃねーんだぞ!!」
 『す、すいません!!』

 落としたのはACの腕パーツに似せた模造品である。ここは整備員練習用の専門ガレージ。
試験の際に使用したのと同系統のACが鎮座しているが、あれは整備員が正式にレイヴン達のACを任せれるようになる為のテスト用の機体であり、普段はああいう模造品で練習している。
 ちなみに落とした若い整備員に怒鳴った、おやっさんと呼ばれる人物がここの監督官。
既に60と言う年齢を迎え定年退職をしたが、人手の不足により今でも新人の指導を任されているベテランである。
おやっさんは話を持ちかけてきた若い男を事務所に招きいれた。

 「おい、先日1人のレイヴンはしっかり仕事したって言うぜ?なんだって今更こんな老いぼれのところに回ってきやがる?」
 「はぁ……それが、エンペランザ、と呼ばれる機体のほうはとりあえず問題ないみたいです。ただ、問題はもう1体のエンブレムだとか。」
 「エンブレムだぁ……?」

 おやっさんは若い男から紙を受け取る。
その新人レイヴンからの初期要望書である。パーツの組み換え、カラーリング、エンブレム。
一番最初にレイヴンから依頼される要望をここ整備班では初期要望と呼んでいる。

 「AC、アーティフィシャル。レイヴンネーム、ジャンク。……。」

 おやっさんは難しい顔で要望書を見る。
ジャンク。何処かで聞き覚えがある名前だった。

 「(俺が、コーテックスの専属になる前にそんなレイヴンネームを聞いたことがある……ような。)」

 おやっさんは数十年前までは、コーテックスアリーナの整備工場に来る前にもう少し小さいジャンク屋とガレージでACの整備屋をしていたことがある。
そのジャンク屋が数年前に企業抗争に巻き込まれて潰されてからは、その腕を買われてコーテックスに雇われた。
そして、そのジャンク屋で似たような名前のレイヴンを聞いた覚えがあったのだ。






 おい、若いの。お前さん名は何て言うんだ?

 ……?名なんて、ない。

 おいおい、こんな辺鄙な店でもな、一様明細に書かなきゃならねーんだ。俺だって管理者に睨まれたくねーからよ。

 ……、ここの店、確かジャンク屋だったか。

 んぁ……そうだけどよ?

 名はジャンクでいい。





 「(っつってもあれは確か10年前近くのことだ……。野良のレイヴンなんか殆ど廃れちまってるし、今更コーテックスに来たとも思えん……偶然か。)」
 「おやっさん?」
 「ん、あぁ……で、肝心なエンブレム、だったか?どれ……。」

 おやっさんは唾を飲み込んだ。
若い男は不思議そうな顔で見ているが、そんなことも目に入らないなのように、おやっさんは食い入るように要望書を見ていた。
 自分は今までに大勢のレイヴン達からエンブレムの作成や修繕を依頼されてきた。
今で言うなら、アリーナで実力者5本指にも入ると呼ばれるロイヤルミストと言うレイヴンのエンブレムも引き受けている。
他にも、多くのレイヴンから要望書を受け取ってきた。簡単に絵と説明が描いてあるもの、なんとなく曖昧に文章だけで頼んであるもの。
多くの要望書の中でも、この要望書は珍しく文章だけが描いてあるタイプである。
だが、その文章が問題だった。

 「……、空の先へと羽ばたく鴉。」
 「え?」
 「いや……ACネーム、アーティフィシャル……こいつァ、まさか……。」

 現在の天空、アーティフィシャルスカイ、人工の空。
おやっさんは1人の野良レイヴンのことを思い出していた。あの日、10年前、ジャンク屋にきた1人の少年のことを。









 ……雨が。

 あん?

 雨が降ってきた、……いや、水か。

 水って……雨だろうけどよ。

 水だ。……本物の雨は、この空の上でふるもんだからな……。

 何……?お前さん何言って……。

 








 「……1時間後の予定はなんだったか?」
 「えっと、今期新人整備班への組み分け作業でしたが。」
 「パスだ。あんなパーツ落とすようなやつがいる整備班を正規整備班に送れるか。」
 「え、ええ!?だ、だけどそのつもりで今日は」
 「いいか、俺は今からコーテックスのアリーナにいってエンブレムの作成に移る。Cグループを連れてこい。奴らが一番精巧に作業をする。」

 ちょ、と言いかけて若い男は事務所に取り残されてしまう。
事務所にはおやっさんをひきとめようと手を伸ばしたまま固まる若い男と、ジャンクと言うレイヴンからの要望書だけが残されていた。

 「おやっさんが新人レイヴンに対してあんな真剣に取り掛かるなんて……。」




 【side レイン】

 ▼タイトルなし

 レイヴンネーム、ジャンク。
 ACネーム、アーティフィシャル。
 エンブレムは添付した画像から確認してほしい。
 



 半日後、改めて受け取ったメールを確認する。artificial。確か、人工物とか、構造だとかそういう意味合いだった気がする。
そしてこのエンブレム。

 「……、割れた空の先へ飛び立つ鴉。」

 こんなに露骨なエンブレムがあるだろうか。少なくともレインは、このエンブレムの意味合いをなんとなく理解できた。

 「(レイヤードからの……脱出?)」

 自分が就いた男。ジャンク。
一言も口を交わしてない男からは、このエンブレムだけで何か得体の知れないものを感じた。
彼の考えは、以前として読めない。ただ、この男はやはり、グローバルコーテックスにとって、管理者にとって危うい存在となるかもしれない。
そんなことを考えた。











Next stage